読書随所浄土

第4回 菊池寛が書いた文春初の入社難問

祖父は、大正12年1月に文藝春秋社を自分が間借りしていた小石川林町19番地でスタートさせた。
最初は、4000部の同人雑誌であった。その年、7月に駒込神明町、10月に市外田端(空き家になっていた室生犀星宅)に、そして、雑司ヶ谷金山と祖父と共に引っ越し、大正14年6月に菊池邸より離れ麹町区旧有島武郎邸に、昭和3年5月に株式会社になった。
昭和8年5月に社員募集をした試験問題が、この写真である。
応募総数700人、6名が入社、その中に後に名編集者と言われた3代目社長池島信平がいた。
文春の試験の形式は、今でも変わらない。入社試験問題は、日本で一番難しいとの噂がある。確か20問、5~6行答えを書くスペースがある。58年前の私の時の試験問題は、ヴァンアレン帯、第三共和制、などがあったことを覚えている!

写真提供:菊池寛記念館